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大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)1834号 判決 1956年9月28日

原告 佐竹長太郎 外一名

被告 国

訴訟代理人 井上俊雄 外一名

主文

被告は原告佐竹実に対し八、〇〇〇円とこれに対する昭和二七年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による金額を支払え。

原告佐竹実のその余の請求及び原告佐竹長太郎の請求を棄却する。

訴訟費用は全部原告等の負担とする。

事実

原告は、「被告は、原告佐竹長太郎に対し一四、五〇〇円、原告佐竹実に対し四一一、四四二円とそれぞれこれに対する昭和二七年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による金額を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求の原因として、佐竹千代子は原告肩書場所で化粧品小間物類の販売を業としているものであつて、昭和二一年度所得金額を七五、二八〇円、昭和二二年度所得金額を一五〇、〇〇〇円と決定せられ、その税金を完納した。ところが昭和二三年度に至つて西成税務署長は不当にも所得金額を一躍六三〇、〇〇〇円と更正決定して来たので、千代子はその取消の訴を提起し目下係争中であるが、同署長は昭和二五年二月九日、一〇日の両日に千代子所有の手持商品全部価格約一、四三九、〇〇〇円、什器十数万円を差し押え税務署に引き揚げ、更に同年九月一六日千代子がその後仕入れた商品数千点全部(価格約四、五十万円)を差し押え税務署に引き揚げ、昭和二六年三月頃全部公売処分に付した。このような状態で千代子はとうていその営業を継続することができなくなつたので、昭和二五年九月一六日西成税務署長に休業届を提出して事実上営業を廃止し、その次女佐竹貞子が同年一〇月一日から同じ場所であらたに雑貨商を開業することとなり、これに要する陳列棚は、同年一〇月二六日千代子の夫の原告長太郎が久保田陳列商会から代金一四、五〇〇円で買い受け貞子に使用させたものであり、別紙<省略>目録記載の物件は、貞子が自己の資金をもつて問屋から仕入れたものである。また電蓄は昭和二六年五月原告長太郎の次男の原告実が他から代金一八、〇〇〇円で買受けたものである。ところが西成税務署長は昭和二六年五月一七日別紙目録記載の物件、陳列棚、電蓄を千代子の所有に属するものとして、千代子の滞納税金のため差押をしたので、北藤昌克は千代子の代理人として税務署と交渉の上千代子の滞納税金を金額三〇〇、〇〇〇円の約束手形で支払い、翌一八日右各差押物件をそれぞれ貞子、原告長太郎、原告実に取り戻した。しかし営業名義人は女よりも男がよいと思われ、当時原告実は失職中であつたので、貞子は昭和二六年五月三一日廃業届を提出して廃業し、原告実が同年六月一日から同じ場所で雑貨商を営むこととし西成税務署長に開業届を提出し、青色申告承認申請を提出し、別紙目録記載の商品は、同年五月二九日貞子から代金三九三、四四二円で譲り受けその引渡を受けた。ところが西成税務署長は同年六月六日別紙目録記載の物件、電蓄が原告実の所有陳列棚が原告長太郎の所有であることを知りながら再び千代子に対する滞納処分としてこれを差し押え、陳列棚については昭和二六年九月二〇日、別紙目録記載の物件と電蓄については同年一〇月二〇日公売処分に付し、公売の買受人が民法一九二条の規定により所有権を取得した結果、原告両名はそれぞれ前示物件の所有権を失つた。これは西成税務署長が、本件物件が原告等の所有に属することを知りながら故意に、少くとも過失によつてこれを知らないで、千代子に対する滞納処分としてこれを差し押え公売に付し原告の所有権を侵害したものであるから、被告は国家賠償法一条一項の規定により原告等が受けた損害を賠償すべき義務がある。そこで被告に対し原告長太郎は陳列棚の価格に相当する一四、五〇〇円、原告実は別紙目録記載の物件と電蓄の価格に相当する四一一、四四二円と、それぞれこれに対する請求の翌日である昭和二七年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、

なお、貞子は昭和二一年三月財産税申告の際郵便貯金二、〇〇〇円余りあつたばかりでなく、昭和二五年九月開業当時までに給料祝儀その他を合せて約三〇、〇〇〇円を有し、昭和二五年二月九日、一〇日に差押を受けた物件中にも貞子所有の衣類四三点価格四〇〇、〇〇〇円以上のものがあつて、決して無資力ではない。また原告実は昭和二三年以来南税務署に勤務し約一〇〇、〇〇〇円の収入を得て、その大部分を貯蓄しており、大阪市浪速区霞町一丁目一番地に約三〇〇、〇〇〇円に相当する土地家屋を所有しており、無資力ではない、と述べた。<証拠省略>

被告は、「原告両名の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、

答弁として、佐竹千代子が原告主張の場所でその主張の営業をしておること、昭和二一年度から昭和二三年度まで原告主張の所得金額が決定せられ、昭和二三年度所得金額更正決定について係争中であること、西成税務署長が昭和二五年二月九日、一〇日千代子に対する滞納処分として差押をしたこと、同署長が同年九月一六日千代子に対する滞納処分として千代子所有の財産を差し押えこれを税務署に引き揚げたこと、これについて昭和二五年一〇月二三日以降公売に付したこと、千代子が昭和二五年九月一九日に同月一六日付休業届を、原告長太郎と千代子との間の次女貞子が同年一〇月二日に同月一日付開業届を、それぞれ西成税務署長に提出したこと、西成税務署長が昭和二六年五月一七日陳列棚を千代子の所有として差し押え引き揚げたこと、北藤昌克が千代子の代理人として西成税務署に交渉に来て金額三〇〇、〇〇〇円の約束手形を差し入れたこと、貞子が昭和二六年五月三一日廃業届を、原告長太郎と千代子との間の次男の原告実が同年六月一日から開業する旨の届及び昭和二六年度青色申告承認申請を、それぞれ西成税務署長に提出したこと、西成税務署長が昭和二六年六月六日別紙目録記載の物件、電蓄を差し押え引き揚げ陳列棚については同年九月二〇日、別紙目録記載の物件と電蓄については同年一〇月二〇日公売に付し、公売の買受人が民法一九二条の規定によりその所有権を取得したことはいずれも認めるが、その他の原告主張事実を否認する。

佐竹千代子は多年化粧品小間物類の販売を業としているものであり、営業と納税は千代子名義でなされ、事実上千代子がその主体であつた。原告長太郎は千代子の夫で無職であり千代子の営業を補助し、次男の原告実は昭和二三年三月二三日、当時満一七才で南税務署に臨時事務員として採用され勤務していたが、昭和二五年五月一五日に退職しており、次女の貞子も無職である。千代子は休業届を提出したが、廃業届を提出しておらず、営業を廃止したことはないばかりでなく、休業さえしていない。昭和二五年九月以降も同一の店で同一種類の営業が依然継続されておるものであつて、届出にかかわらず、千代子が営業の実際の主体であることに終始変りはない。陳列棚は営業のためのものであるから、買受名義人は原告長太郎となつているが、実際は千代子が買い受けたものである。貞子は無職無資力であつて、自己の資金で問屋から商品を仕入れるようなことはできない。原告実が南税務署に勤務していた約二年二ケ月の間に支給せられた俸給諸手当の総額は七一、一三四円余に過ぎず、その後昭和二五年、二六年度において原告実から所轄西成税務署に対し所得税の予定申告及び確定申告は全然なされておらず、受贈の事実もなかつたことから考えてみると、原告実が同居の姉の貞子から別紙目録記載の物件を代金三九三、四四二円で買い受けるようなことは、とうてい考えられない。仮りに原告が貞子からこれを買い受けたものとしても、右売買は通謀虚偽表示である。右のように営業の実際の主体が千代子であるから、その営業のための原告主張の物件が千代子の所有に属することは当然である。千代子の代理人北藤昌克は千代子の滞納税金の内金として前示約束手形を差し入れたので、西成税務署長はその支払があるものと信じて差押を解除したところ、その後右手形は不渡となつたものであり、これを売り戻したものではない。と述べた。<証拠省略>

理由

佐竹千代子が原告肩書場所で化粧品、小間物類の販売を業としているものであること、千代子は昭和二三年度の所得金額六三〇、〇〇〇円の更正決定の取消の訴を提起し目下係争中であること、西成税務署長が昭和二五年九月一六日千代子に対する滞納処分として千代子所有の財産を差し押え、その後これを公売に付したこと、千代子が昭和二五年九月一六日付休業届を、原告長太郎と千代子との間の次女貞子が同年一〇月一日付開業届をそれぞれ西成税務署長に提出したこと、西成税務署長が昭和二六年五月一七日陳列棚を千代子の所有として差し押え引き揚げたこと、貞子が昭和二六年五月三一日廃業届を提出し、原告長太郎と千代子との間の次男の原告実が同年六月一日から開業する旨の届及び昭和二六年度青色申告承認申請書をそれぞれ西成税務署長に提出したこと、西成税務署長が昭和二六年六月六日別紙目録記載の物件、電蓄、陳列棚を差し押え、引き揚げたこと、陳列棚については同年九月二〇日、別紙目録記載の物件と電蓄については同年一〇月二〇日公売に付し、公売の買受人が民法一九二条の規定によりその所有権を取得したことはいずれも当事者間に争がない。

原告は、陳列棚は、原告長太郎が昭和二五年一〇月二六日買い受け貞子に使用させたが、同原告の所有であり、電蓄は原告実が昭和二六年五月買い受けたもの、別紙目録記載の物件は、貞子が問屋から仕入れ同月二九日原告実に譲り渡したもので、いずれも同原告の所有であると主張するから考えてみよう。

証人藤井正造の証言、原告長太郎本人尋問の結果(第一、二回)によると、佐竹千代子は大正八年から千代子名義で化粧品小間物類の販売業を営み昭和二三年頃から雑貨も販売したものであるが、その税金を滞納したため前示のように度々西成税務署長から差押を受けたので、これに苦しみ、前示のように、貞子、次いで原告実に営業名義人を変更したものであるが、原告長太郎一家の生活費は終始右営業による利益によつて支出されていることに変りはない事実を認めることができ、成立に争のない甲第一五号証、乙第一号証から第三号証まで、証人佐竹貞子の証言、原告実本人尋問の結果によると、貞子は昭和二五年当時二五才で二〇、〇〇〇円程度の貯金はあつたが、問屋から従来の佐竹の店に対する信用で商品を貸して貰つたこと、原告実は昭和二六年当時二〇才で、南税務署に約二年間勤務していた間に支給せられた俸給諸手当の総額は七〇、〇〇〇円余に過ぎず他に特別の収入のなかつたこと、営業名義は貞子、原告実に変更されても店は同一であり、営業種目も同様であつたことを認めることができ、甲第一六号証によつても貞子が数十万円の商品代金を自ら支払う資力のあることを確認できない。前示争のない事実と右の事実に基いて考えると、千代子はその営業用財産が千代子の滞納処分として差押を受けることを免れる方法として、休業届を提出し、年も若く営業経験も少い同居の次女の貞子名義で開業届を提出し、約八ケ月後に至り更に年も若く経験の少い同居の次男の原告実名義で開業届を提出したものであるが、右営業の実際の主体が千代子であることは、営業名義変更の届出にかかわらず、終始変りはなかつた事実を認めることができる。証人佐竹貞子の証言、原告長太郎(第一、二回)、原告実各本人尋問の結果中「営業の実際の主体も名義の変更に伴い変更した。」旨の部分は信用することができず、甲第一一、第一二号証、証人藤井正造の証言によつても右認定をくつがえすに足りない。もつとも甲第一三号証には、貞子が昭和二六年五月二九日原告実に別紙目録記載の物件を三九三、四四二円で売り渡した旨の記載があるけれども、証人佐竹貞子の「右代金中二〇、〇〇〇円程を受け取つたに過ぎない。」旨の証言と前示のような、貞子も原告実も同居の姉弟で年も若く格別の資力もない事実を総合すると、右記載のように貞子と原告実との間に真実売買契約がなされたものとはとうてい認めることができない。このように右営業の実際上の主体が千代子である以上、その営業用の商品である別紙目録記載の物件は、反証のない限り、千代子の所有に属するものと認めなければならない。

陳列棚については、成立に争のない甲第一号証、証人久保田賢二の証言によれば、一見原告長太郎が昭和二五年一〇月二六日久保田陳列商会からこれを買い受けたもののように見えるけれども、原告長太郎本人尋問の結果(第二回)によると、右陳列棚は右営業に使用せられておるものであつて、特に原告長太郎個人として買い受けるべき理由はなかつた事実を認めることができるから、右陳列棚は営業主である千代子が営業の用に供するため買い受けたものであつて、従つて千代子の所有に属するのと認めるものを相当とする。原告長太郎本人尋問の結果(第一、二回)中「陳列棚は原告長太郎の所有であつて、貞子、原告実に対し賃料五〇〇円乃至一、五〇〇円で賃貸している。」旨の部分は信用することができない。

原告は北藤昌克は千代子の代理人として西成税務署と交渉の上千代子の滞納税金を金額三〇〇、〇〇〇円の約束手形で支払い昭和二六年五月一八日差押を受けていた別紙目録記載の物件、陳列棚、電蓄をそれぞれ貞子、原告長太郎、原告実に取り戻したと主張し、北藤昌克が千代子の代理人として西成税務署に交渉に来て金額三〇〇、〇〇〇円の約束手形を差し入れたことは当事者間に争がないけれども、証人北藤昌克の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証、同証言、証人木崎正義の証言によると、西成税務署長は右手形の支払があるものと信じて別紙目録記載の物件等の差押を解除したが、昭和二六年五月三〇日の満期にその支払がなされなかつた。西成税務署長は貞子等に右差押物件を売り渡したものでない事実を認めることができ原告の右主張を確認できる証拠はない。

従つて別紙目録記載の物件が原告実の所有、陳列棚が原告長太郎の所有であることを前提とする原告の請求は失当なことが明らかであるから、これを棄却しなければならない。

しかしながら、電蓄は千代子の化粧品小間物雑貨販売の営業用財産に属するものでなく、原告実本人尋問の結果によれば、原告実が、これを百貨店大丸で八、〇〇〇円で買い受けた事実を認めることができ、これに反する証拠は何もない。西成税務署長が昭和二六年一〇月二〇日これを公売に付したことは当事者間に争がないから、反証のない限り、その買受人は民法一九二条の規定によりその所有権を取得し、原告実はその所有権を失つたものといわなければならない。およそ公務員として滞納処分にあたるものは、差押の目的物が納税者の所有に属するかどうかについて相当な注意をもつてこれを調査すべき義務があるものであつて、営業主の所有財産の差押をする場合に、電蓄のように性質上化粧品小間物雑貨販売の営業用財産に属しないことが明白なものについて、実際に営業主の所有に属するかどうかを調査することなく、真実営業主の所有に属しない電蓄を慢然営業主の所有として差押をするようなことはその注意義務に違反するものであつて、過失によつて違法に原告実の所有権を侵害したものというべきである。これがため原告実の受けた損害は、何等反対の証拠がない以上、その買受代金に相当する八、〇〇〇円と認める外はない。従つて国家賠償法一条一項の規定により被告は原告実に対し右八、〇〇〇円とこれに対する請求の翌日である昭和二七年六月三日から支払ずみまで年五分の割合の遅延損害金を支払うべき義務があることが明らかであつて、原告実の被告に対する右請求は正当としてこれを認容しなければならない。そこで民訴法八九条九二条但書を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 中島孝信 芦沢正則)

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